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化粧品業界の”裏”歴史~【化石コスメ】その3

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美里康人


ブランドステイタスとして

無添加が定着したファンケル
そのチャレンジな最初の製品は?

 

今回は「化石コスメ」企画の第三弾
化粧品の業界で「無添加」といえば、その代名詞になったと言っても過言ではないブランド「ファンケル」。 今では業界全体に浸透し、あちこちでこの言葉を見かけるほど一般化していますね。
でも、そのルーツといえるファンケルさんの最初の無添加化粧品とは、いつから始まってどのような製品だったのでしょう?

いつから?

実はファンケルさんがこの課題に取り組んだのは、まさに化石と認定していいほどの昔
まだお若い世代のユーザーさんなら、なんとこの世に産まれていない時代です。

去年でしたか、生誕40周年を迎えられたメーカーさんですし、それはもっともなお話ですよね。
私自身もちょうど研究者としてこの職に就いた頃のことですので、記憶も鮮明な印象です。

それにしても、この時代に無添加という言葉が世に流れた事実に対して、皆さんは意外に思われたかもしれません。
実はこれには大きなキッカケがあって、しかもそれはファンケルさんの起業と全く一致していることに起源があります。
業界の方であれば、“40周年”という文字をみて気付かれた方もおられるかもしれませんね。

そう、既に死語と化している「表示指定成分」という、お肌にリスキーな成分は表示しなければならない薬事法の制度が、1980年に導入されたからです。
まさに、ファンケルさんの起業年と一致しますね。

でも、早合点してはいけません。
この指定成分を添加していないだけのスキームなら、誰しもが考えること。
現に、まさにこの数年後には「表示指定成分無添加」という言葉が、中小メーカーさんの間で大流行していますから。

しかもそれだけは、このブログの記事にはなりません。
その先進的なスキームについて、次項で触れていきましょう。

どんなアイテム?

で、早速その時のスタート商品ですが、他社製品とはどう差別化したコンセプトにされたのでしょうか。
それはつまり、表示指定成分だけに留まらず全ての防腐剤に至るまでを無添加にしてしまったということなんですね。
この時代にこの暴挙とも言える設計に手をつけたのは、まさに凄いことと言えます。

まぁ、もう今の時代に無添加という言葉は耳にタコができるほど聞き飽きているでしょうから、特に驚かれないかもしれませんが、今でも防腐剤を完全に除去してしまう設計はほとんどあり得ません。

というのは、今は防腐剤の代わりに使われる〇〇〇グリコールなどといった素材が存在し、製剤の工夫さえすればパラベンやフェノキシエタノールを使わない製剤も可能ではありますが、その当時にそのような原料は存在しませんでした。

-なら、どういう防腐剤成分を使っていたの?

そういう疑問がわくと思いますが、ここが今回の驚きどころで、実はうたい文句どおりに全く防腐剤成分が配合されていなかったのです。
実は説明すれば簡単なお話で、いわば防腐剤に該当する成分を全く配合してない製剤だったのですが、つまりは「防腐力が全くない、腐る製品だった」ということなのですね。

ちょっと書き方が悪かったですが、いわば全く無菌の状態で中身が製造され、なおかつそのフレッシュな状態のまま無菌で充填してお客様の手元に届き、製品は一回使い切りの製品にしてしまったというわけですね。
あまり詳しくは書けませんが、実はこのフレッシュというのが製品の名称にまでなっていました。

しかしながら、こうして書くのは簡単ですが、時代は40年前
起業したばかりの小さな化粧品会社で、医薬品のように無菌で中身を作って容器に充填するような工場なんて、その当時に存在しているわけもありません。
それは今でもそうです。
現在でも、大手ブランドさんか医薬品メーカーさんでもない限り、この無菌生産システムを達成できるOEM工場は、ほとんど皆無といっても過言ではありません。

もっと言えば、この当時に菌が入っているかどうかの試験を実施できる化粧品工場さんすらほとんどありませんでしたから、この製品のコンセプトは暴挙以外の何モノでもありませんでした。
なにせ、例え一個でも菌が入ってしまえば増殖してすぐに腐ってしまうので、並大抵の設備では対応できません。

この企画を請け負った工場さんは、しっちゃかめっちゃかでした。
時には一部で菌が発生し、梱包ケース毎に抜き取って微生物検査・・・なんて事態も起きるほど。
まさに、今でも通用するほど凄い内容だったのです。

まぁ、だから記事にしたわけですが、しかもそのコスメのコンセプトは今の新製品にも引き継がれている付加価値点があり、化石コスメ企画の3品目にふさわしい今回の話題です。

さらに先進の、ビタミンC美白コスメ

ここまでファンケルさんの、無添加の真実を述べてきましたが、このスタートダッシュとなった製品は、この無添加だけが特長ではありませんでした。

なんとこれも今でも通用する、ビタミンC誘導体のホワイトニング製品だったのです。
もちろん美白をしっかり謳っていましたので、医薬部外品
そう、もう40年前にはビタミンC誘導体を有効成分とした美白コスメは、存在していたんですね。

HAKUも真っ青?
効果が温和で皮膚内分解も?なグルコシドなんて、メじゃなかったんです。

当然、すさまじい売り上げでファンケルさんは化粧品メーカーとして一気にジャンプアップをなし遂げました。

というわけで、こうして40年を経たファンケルさんのこのブランドの方向性は今も引き継がれ、現在の美白シリーズにも息づいていることが分かるかと思います。

と・・・何かお気づきの説明がありましたか?
あまり書くと池森さんに怒られそうなので、ここまでにしておきますね。

ではまた次週。

by.美里 康人

2 COMMENTS

hogehoge

本当の無菌製造はかなり後になっての話。当時の一般的な化粧品工場と比べたらとんでもなく衛生に気をつけた現場ではあったけど無菌というにはほど遠かった。あの当時は1次汚染は充填後に容器ごと加熱滅菌で対処。2次汚染は腐る前に使い切る5ml容器で対処。まさに力技。
工場にオートクレーブが何台も並んでいて、蒸せ返る蒸気の中で製造してた。防護服のようなつなぎの作業着の中は下着一枚だけど、それでも夏場は1時間もすれば汗びっしょり。
美白化粧品は加熱滅菌が難しくてどうしようか悩んだ末に滅菌濾過とかむちゃくちゃなことやってたな。あんな時間のかかる作業、たいして売れてない商品じゃなきゃできないわ。あれって目に見えないほど小さなVCのわずかな溶け残りも濾過してくれるのでVCの結晶生成がスゲー抑えられて安定性が良くなるという副次効果があったんだということに気づいたのは、ずいぶん後になってのことだった。
多価アルコールによる静菌設計に気づいてから製造現場はだいぶ楽になった。
あの当時はまだ小さな会社だったけど、多価アルコールの種類と配合量の組み合わせによる刺激感と静菌力のバランス調整についての知見はどこにも負けないほどの研究を重ねたわ。あの当時はかなりつらかったけど、今となってはいい思い出。
まあつらかったことをいい思い出とか言ってる奴が上司をやってる会社はブラック一直線なんだけどね。

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美里 康人

>hogehoge様
おぉっと、あまりに具体的で核心をついたご経験談。
コメ、ありがとうございます!
きっとお知り合いの方でしょうね。

一直線だった事は否めない一方で、あの経験は自身の技術の肥やしになっておられませんか?
当時の同輩や上司を見返せる立場が可能になったのは、反骨心をどんどん養分に変えた事によるものと思っていますけれどね。

呑み、いきますか?(笑)

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