週3で異なる目線の美容記事をお届け
美里康人
本年最後のブログ記事です
細菌の驚異について前回の続きですが、今回で本年最後の記事になります。
昨年に続いて新型コロナウイルスに翻弄され続けた一年でしたが、来年以降は人間が生息し続けていく上でどうウイルスと付き合っていくのか、ひとつのカタチが見えてくるかもしれませんね。
さて、今回取り上げるちょっと驚きの細菌は、ユーザーの皆さんもおなじみ菌。
一方で、私達化粧品を作る人間にとって実は非常にやっかいな菌ということで、小耳知識のひとつとして最後まで読み進めて頂ければと思います。
前回も私達の想像を超える活力を持つ微生物でしたが、今回はさらに人知を超えるメカニズムを有する菌のお話です。
この記事の目次
「Bacillus subtilis var. natto」
いきなりの長たらしい学名で面食らったかもしれませんが、最後のnattoの文字でピンと来た方もおられることでしょう。
そう、「納豆菌」のことなんです。
あの糸をひくヌメヌメとした発酵を作り出しているバクテリアの正体がこの納豆菌で、正式な学名が上で「バチルス スブチリス ナットー」と言います。
今さらあの納豆が、このバクテリアによって腐敗というか発酵されていることに驚かれる方もおられないと思いますが、つまりはこの菌によって発酵させた大豆がこの食品のことですね。
でも、このバクテリアが驚くような性質を持つことは、意外と知られていません。
かたつむりみたいなバクテリア
実は納豆菌とは固有種の名称でして、大きな菌種のくくりとしては「枯草菌」というバクテリアの種類に入ることになります。
この菌の取り扱いに関わる職種や専門の方でない限り、耳にしたことがない名前だと思いますが、納豆菌を含めこの菌種が他ではみられない実に驚きの機能を持っています。
さて、その変わった機能ですが、まさにカタツムリを想像してもらえば分かりやすいでしょう。
どういうことかというと、カタツムリのように危険を察知すると殻に入って自分の身を守るという感じです。
この殻のことを、専門用語では「芽胞」と言います。
過酷な条件が与えられてこの芽胞を作ってしまうと、あらゆる攻撃から耐えて死滅させるのが非常に困難になってしまうという、特殊なメカニズムの機能を持っています。
いわば、仮死状態といったところでしょうか。
こうなると、前回の記事で書いた85℃や90℃なんてメじゃなく、なんとグツグツと長時間に渡って煮沸させても、死滅させることはできません。
また、水分や空気が全く存在しない環境下でも、生きていることができます。
その代わりといってはなんですが、殻に閉じこもっているために繁殖することもありません。
とはいえ、再び自分の身が安全と思われる条件に戻されるとすぐに殻を破って外に出て、一気に繁殖活動を再開するという、なんとも不思議な機能を持つ菌です。
彼らがこの殻に閉じこもるか、それとも普通に繁殖状態でいられるかの判断条件は生物の原則に則していて、それは繁殖可能な温度条件と水と空気の3つです。
私達人間を含め、いわば地球上の一般的な生物が生きていられる条件ですね。
この性質を昔から分かっていてそれを利用したのが、皆さんもよく食される納豆です。
もちろん、この納豆から特定された菌なので、納豆菌と名付けられました。
最近、自宅で納豆を手作りされる方も多く、その参考になるかもしれませんので、よく理解されて下さい。
納豆を作るコツはこの枯草菌である納豆菌をどう管理して増殖させるかがキーポイントですので、性質をよく知っておいて下さい。
納豆の製法
昔の人が作っていた納豆の製法を学ぶことで、この枯草菌の性質がよく理解できます。
さて、今どきはプラスチック容器に個包装されて食品売り場に置かれていますが、納豆は藁(わら)に包まれているのをよく見かけると思います。
実はこの「藁」が大切なポイント。
実は、藁にはたくさんの枯草菌(納豆菌)が存在しているんです。
まぁ、実は藁というのは本当は正しいわけではなく、つまりは藁がもともと生きていた土壌、いわゆる土に枯草菌はたくさん存在していたことから、昔から藁に包んで納豆を作っていたというわけです。
ちなみに、一本の稲の藁にはおよそ1,000万個の枯草菌がいると言われています。
昔は今のように包装材料がなかったから、藁に包んで保存していたわけではありません。
この藁に存在している納豆菌と名付けられた枯草菌を利用し、大豆を発酵させるために使われていたんですね。
で、藁には大豆を発酵させる枯草菌がいるわけですが、それだけでなく藁には他にもたくさんの雑菌がいることはお分かりと思います。
当然、中には食べるとお腹を壊す大腸菌や、病原菌もいるかもしれません。
自然にある藁なんて、いわば不潔ですからね。
ですので、これでそのまま大豆を包んでしまうと他の種類のバクテリアも一気に繁殖してしまうため、単純に「腐ってしまう」ことになってしまいます。
そこで考えられたのが、上で説明してきた枯草菌の性質の利用。
まずは藁をグツグツと何時間も煮ることで、他の雑菌を全て死滅させてしまいます。
いわば滅菌・殺菌ですね。
まずこれをやらないと、必ず失敗します。
--熱湯をかけたり、沸騰してなくても熱ければいいんじゃないの?
--時間がないので、沸騰したらいいでしょ?
--大きな鍋がないので、完全に浸かっていなくても大丈夫でしょ。
これら、いずれもNGです。
全ての雑菌を死滅させるには、最低でもグツグツと30分は煮る必要があります。
前回のお話ではないですが、80℃程度では死なない雑菌がウヨウヨいますので、くれぐれも守らないといけません。
お湯から外に出ている部分があるとそこに死んでいない菌が残りますので、失敗しちゃいます。
こうして完全に藁が滅菌できたら、その中にはカタツムリ状態になった納豆菌だけが潜んで残っているという寸法です。
あとはこの仮死状態になっている納豆菌を再度復活させて、大豆を発酵させられれば良いわけです。
復活させるのはわりと簡単。
上で書いた条件を与えれば良いので、濡れた状態の藁に軟らかくした大豆を包み、菌が繁殖しやすい30℃くらいの温度のところに保管しておいてあげれば勝手に生き返り、一気に繁殖して発酵が始まるという次第です。
はい、「水と空気と温度」の条件を揃えておいてあげればよいということですね。
ただし、ここで注意が必要なのは、滅菌した藁を扱う時、そして軟らかくするために水に浸しておいた大豆にも、他の雑菌がいないことなんです。
よく失敗したという方のHPなどを拝見しますが、ほとんどが藁の殺菌後の扱いが雑で、、なおかつ大豆にどこかで雑菌を入れてしまい、他の菌が繁殖してしまうケースです。
きちんと滅菌していない手で藁や大豆を触ったりすると手の雑菌が入りますので、これで一気にもう失敗です。
例え一個でも雑菌が入ってしまうと、もうアウトです。
他の菌の繁殖力が強いと納豆菌が負けてしまい、つまりは「腐らせてしまう」ことになってしまうんですね。
こうなると失敗はおろか、食べるのも危険です。
お腹を壊す程度で済むなら良いですが、病原性の大腸菌なんかがいたりするともう病院行きとなりますので、くれぐれもご注意を。
まぁ、作り方のコツを書いておいてなんですが、ここまでおばあちゃんの知恵袋知識程度に知っておいておかれて、菌の管理知識がないシロウトは手を出さないのが吉と思います。
手作りヨーグルトあたりは、しっかり滅菌されたままの新しい牛乳を外に出さないように扱えますので、あまり失敗はありませんが。
化粧品製造現場でのやっかいな枯草菌
いよいよ今年の記事の最後になりますが、こうした枯草菌の性質は、私たちのような化粧品を作る立場の人間には、実にやっかいな存在なんですね。
まず工場内に持ち込まないようにするのが大変。
カタツムリ状態の時は靴の裏などに着いてほんのいくつかしか持ち込まなくても、そこに水分と空気が与えられると一気に繁殖して恐ろしい事態を招きます。
土壌に普通に存在しているバクテリアですから、普通にそこいらじゅうの土に存在していますし、もっといえば実は化粧品に使われる天然由来原料にも存在しています。
液状の天然原料は、防腐剤やBGといった溶剤がたくさん存在していれば菌は死滅してしまいますので、そういった形態にして流通させればよいですが、乾燥状態の天然原料は非常にやっかいというわけです。
皆さんもご存じの素材では、キサンタンガムが普通に原料メーカーから「ほんの少しですが残存していますよ」と公言されています。
とうもろこしなどから微生物を使って発酵させて作られるだけに、枯草菌を除去しきれずに残ってしまうというわけです。
乾燥状態ではカタツムリ状態(仮死状態)ですのでほんの数個程度しか残存していませんが、水と空気を与えると復活して一気に繁殖し、わずか24時間程度で数十万個といった数に大繁殖してしまい、配合された化粧品が汚染されてしまう事態に陥ってしまうわけです。
よくあるケースが、ダマになりやすい原料ですので、一晩水に漬けておいて膨潤させるといった製法を用いて製造する場合です。
完全に滅菌された純水を使って無菌室で調製しておいたにも拘わらず、翌日には大繁殖してしまって訳が分からない・・・と。
長年、化粧品工場を営んで経験の長い技術者の方であれば、一度は経験されて「なぜこうなったんだ!」と頭を抱えられたことがあるかと思います。
手作りコスメでも材料は売られており、トロミ付けやツルツル感を出すのに使うケースもありますので、要注意です。
この芽胞を作ってしまった枯草菌、実は120℃以上といった超過酷な条件を与えてやればさすがに死滅させることも可能ではあるのですが、残念なことに化粧品をそのような高温にしてしまうと配合されている他の成分が変化を起こしてしまいますので、そういうわけにはまいりません。
というか、120℃というと水が沸騰してしまう以上の温度なので、化粧品を製造する施設でこれを達成するインフラがありませんが・・・。
また、とり急ぎこのキサンタンガムは120℃といった高温にすると変性してしまいますので、どう転んでもこれはムリということになります。
というわけでこの枯草菌、化粧品に入ってしまえば取返しがつかないというのが、定石というわけですね。
カタツムリ状態でいかに封じ込めて死活化させてしまうか、このあたりのノウハウをご存じかどうかで、化粧品工場のスキルが見えてくるといった今回の話題でした。
* * *
これで2021年のブログ記事は最後となりました。
いつもいつもつたない文章、そして長文ばかりでお付き合い頂くのも申し訳なく思いますが、この10年以上の記事で膨大な知庫となってきました。
記事を検索して読み返してみて、スキンケアに対する概念が大きく変わったとご評価頂くこともよくありますが、連続性のない単発文章の羅列でそこは本当に申し訳なく思っております。
歳も重ねてきましたので、来年はどこまで継続できるかは定かではありませんが、「はよ引退せいよ」の声を強く頂いた時には筆を置くかもしれません。
その時まで、また来年も引き続きお付き合い頂ければ幸いでございます。
また、記事内容のリクエストなどがございましたら、遠慮なくリンクページからメールなど頂ければ、できる範囲でとりあげさせて頂く所存です。
と同時に同業技術者の方々とは、またセミナーや講演会などでお会いできればと存じます。
リアルネームで遠慮なくお声掛け下さいませ。
新年のご挨拶とともに2022年の新春は、スペシャルではございませんがいつもの記事をアップさせて頂く予定です。
では皆様、非常に厳しい日々が続きますが、よい年をお迎え頂くようお願い致しまして、本年〆めのご挨拶に代えさせて頂きます。
ではまた来年まで。
by.美里 康人