週3で異なる目線の美容記事をお届け
美里康人
そんな話題を解説
いきなりお題の「グリセリンは防腐剤か?否か?」の答えを書いてしまいますが、もちろん防腐剤ではありません。
でも、それではこの記事の意味がありませんし、実は防腐剤としての働きも無視できないというお話を、今回は進めていきましょう。
皆さんが保湿成分と思っているBGも、実は防腐剤としての役割も大きいといったお話や、他にも防腐剤ってどの程度の配合量で使われているのかも見えてくる解説をしていきたいと思います。
なかなかこうした課題に対して、実データを公開しているケースはありませんので。
そしてそれに加えて、雑菌に対する抗菌性能は実はそんなに単純ではないといった裏話も添えていこうと思います。
また、ひょっとしたら処方設計を仕事としている技術者の方々でも、あまり防腐系の課題にきちんと取り組まれる境遇を与えてもらえていない企業人の方は、参考になるかもしれません。
実は防腐力試験は非常に費用が掛かる試験で、なおかつ自社でそれぞれの試験用の菌を培養したりといった取り扱いは、バイオハザード問題など色々と規制もありますので、それぞれの開発処方に対して試験を実施できる環境は非常に困難なのです。
そのため、意外と処方設計に応じた防腐性能は、過去の前例のみに頼っているケースが多く、そういった意味でも少しでも参考になればと思います。
この記事の目次
BGの本当の役割
お題でとりあげたグリセリンやBGは、ユーザーの皆さんにとっては皮膚にうるおいを与えてくれる保湿成分の代表格というイメージが、定着していると思います。
もちろん、これは間違いではありません。
ただ、一年ほど前の記事でも解説したように、これらは化粧品の基礎設計で他の目的をもって使われているケースが多く、むしろ保湿成分としての役割の方が補助的と言えます。
なので、実際に製品の説明や配合目的には「保湿成分」と明示されていると思いますが、設計者にとっては異なる目的があって使われているのが真実です。
以前の解説記事はこちら。
■BGやグリセリンの役割に誤解
https://cosmetic-web.jp/column/glycerine101/
こちらでも述べているように、BGは製品の凍結防止や美容成分・防腐剤の溶剤としての目的でよく使われています。
グリセリンも、成分の結晶化を防止したり、界面活性剤と水と油を繋ぐチェーンのような意味で使用されたりと、ユーザーの皆さんが想像もし得ないような深い意味の目的をもって使われているんですね。
さて、今回はこの目的の中でも、前回の記事では割愛した防腐剤としての役割のところを深掘りしていこうと思います。
BGに防腐力はあるのか
今回の配合目的のキーワードは「防腐剤」ですので、グリセリンはこの目的で使用されているケースはほぼないと言って良いでしょう。
でも今回の記事にグリセリンも入れたのには意味がありまして、その辺りも含めて解説していきます。
では早速ですが、BGやグリセリンは、防腐剤としてパラベンやフェノキシエタノールといった防腐剤の代わりになるのでしょうか?
この答えだけを述べるとするならば、Yes!です。
例えば、私達が業界で使用する原料の中には、植物エキスの類いがたくさんあります。
この植物エキスは抽出する時の水も含まれていますので、もちろん菌が混入すれば腐ってしまいます。
でも、大半のこういった植物エキス原料には、防腐剤は配合されていません。
なのになぜ腐らないかと言うと、植物からエキスを抽出する際に、多量のBGがよく使われているためです。
BGが含まれているために腐らない、つまりBGが防腐剤として効力を発揮しているというわけです。
ならば、化粧品の防腐剤もBGだけでいいんじゃないの?と感じるのもごもっともですし、保湿成分としての役目も果たしてくれますので、一石二鳥となりますしね。
でも、そういうわけにはいかない理由が、きちんとあります。
でないと、世の中のほとんどの化粧品は防腐剤が要らなくなりますし。
防腐剤の代替になれない、そのワケ
さぁ、ここまでの説明ならば、BGやグリセリンといった保湿成分だけで、防腐剤は不要になりそうな予感がしてきたかもしれません。
適当な解説では先に進めませんので、きちんとデータで示しましょう。
本来ならば私達が採取した生データを公開すれば良いのですが、これはさすがにOEM会社にとって開発ノウハウのひとつですので、ここはごカンベン頂くとしまして、かなり正確かつ一般に公開されているデータをお出しします。
■岡畑興産株式会社
リンク先:https://okahata.co.jp/blog/material/what-is-propanediol-safety
保湿性能などの解説やデータもありますので非常に参考になります。
ぜひともリンク先のHPをご覧になられて下さい。
画像が小さくて見づらいかもしれませんが、薬機法で防腐力試験の対象となる菌が5種類決められており、「黄色ブドウ球菌・緑膿菌・大腸菌・カンジダ・コウジカビ」に対する防腐の性能試験です。
左側縦軸が効果が確認できたもっとも最小の配合濃度のグラフです。
菌の種類によって効果は異なり、全ての菌に対して効果がないと防腐剤として使う候補にはなりませんので、もっとも長い棒グラフの頂点の配合濃度で使うときちんと防腐剤として使えるということになります。
グラフを読み解くと、BGとグリセリンは以下ということになります。
最近、BGと同様によく使われる保湿成分のDPGも入れておきます。
最小発育阻止濃度(MIC)
BG:18%
グリセリン:40%
DPG:23%
右側の端に防腐剤のデータも一緒に並べられてあり、参考になりますね。
パラベンは0.2%程度、フェノキシエタールは0.5%程度で効果があることになります。
さぁ、これだけの高配合で化粧品を作ったとしたら、どうなるでしょうか?
想像が難しいかもしれませんが、手作りコスメなどで原料を触ってみられたことがある方はご存知でしょう。
使用感が気持ち悪くてとてもじゃないですがお肌に塗布しようという気にならない・・・というのが、答えです。
ベタベタ?
ネチャネチャ?
こんなのであればまだガマンもできると思いますが、こういった多価アルコールってベタベタではなく「ギシギシ」して気持ち悪いのですね。
分かりやすい表現でいえば、いかにも化学成分を塗りました!感とでも表現すれば良いでしょうか。
おそらく、保湿成分という言葉からは想像もできない気持ち悪さを感じると思いますし、とてもじゃないですがお金を出して買う使用感ではありません。
結論は、こういうことなんですね。
理由は他にも
というわけで、なぜこういった保湿成分が防腐剤の代わりになり得ないのか説明をしてきました。
ただ、実は真の理由はこれだけではなく、このデータのような試験は単純に水にこれらの成分を配合しただけの、単純系に統一して試験を行われています。
(だから精度が高いということなわけですが)
結局、化粧品には他にもたくさんの成分が配合されているのが本来の姿。
例えば美容成分として植物エキスが配合されていたり、保湿成分としてヒアルロン酸や糖類といった素材もたくさん配合されて、表記されていますよね。
なのでこういった成分たちは、菌にとって喜ばしいエサになって生育環境が良い状態になっています。
つまり、より効果は得られにくい環境ということになりますので、この配合量のデータをイコールとしてしまってはならないというわけです。
そしてさらに重要なことは、こうった試験の菌は5種類で法的に決められていますが、これはあくまでひとつの指針でしかありません。
世の中には数え切れないほどの菌の種類が存在しており、たった5種類の菌で効果があったからといって、市場に出て腐ることなどあり得ないと断定などできないということになります。
さらにいえば、皆さんも最近は耳にする機会ができたと思いますが、菌やウイルスには「変異」という言葉がありますね。
コロナウイルスもすでにこ2年で変異株が5種類以上確認されており、日々どんどんと変異していっていることを知られたことでしょう。
つまり、菌は私達のような動物と違って単純な一個だけの細胞からできた単細胞生物ですので、いとも簡単に環境が変わることで変異を起こすというわけです。
例えば以前にこちらのブログでも少し解説しましたが、防腐剤にパラベンが配合された環境にず~っと菌が存在していると、ある日突然変異を起こしてパラベンに耐性を持ってしまうということがあります。
つまり菌が進化してしまい、防腐剤としてのパラベンが効かなくなるという事態が起きる現象のことです。
これを専門的な用語で「耐性菌」と言いますが、こんなことも起こるくらい菌はやっかいな生物なんですね。
というわけで、こちらのようなデータはあくまで参考資料であって、これをそのまま化粧品の設計に取り入れれば防腐設計は完璧になるといった、そんな単純な問題ではありません。
とはいえ、データをみてもお分かりの通り、こうした多価アルコール類素材はある程度の菌の増殖を阻止するチカラを持っていますので、化粧品を設計する研究者の方々は防腐剤を少しでも減らせる補助的な役割で使用しているというわけです。
まさに、菌にとっては100種類の化粧品があれば100種類の栄養素が存在する環境なわけですから、100種類の防腐系を設計しないといけないという、なかなか難しいお話でした。
ではまた次週。
by.美里 康人