週3で異なる目線の美容記事をお届け
美里康人
ずいぶんと活気が出てきたというお話
数年前にもこちらの記事で、今や学校法人に属する大学に化粧品のサイエンスを学べる専門の学科が設置されるようになってきている話題を、取り上げたことがあります。
学校法人ですので、もちろん履歴書に学歴として入れられる専攻学科です。
まさに弟子のいろはねクンは、東京農大にある化粧品を学ぶ専攻学科を卒業しています。
食品科学の世界もそうですが、校名そのものが化粧品大学などとはなっていないためすぐにはみつかりにくいですが、理科大・工大・産大・農大などに専攻学科として設置されているケースが多いようです。
今回は化粧品の勉学を目指す人にとって有益となる、そんなお話をしたいと思います。
この記事の目次
なぜ必要?
さて、最初に覚えておくとよいですが、実は「化粧品科学」という言葉はあまり正確ではなく、本来は「香粧品科学」という言葉が正しいとされています。
香りを身に付ける香水といったフレグランスも化粧品ですので、“香”という文字も入れられています。
では、なぜ化粧品のことを学ぶ専門の学校が必要なのでしょうか?
以前も少し触れましたが、今回も化粧品について理解しやすいよう、少し詳細に解説していきましょう。
で、化粧品を作ったり開発したり、はたまた研究したり、さらには販売をする上でなぜ専門の教育が必要なのか説明していきます。
ユーザーの皆さんは、この課題を目にした時にすぐにこう思われたことでしょう。
--美容(専門)学校があるじゃん!
確かに名前からも完全に化粧品に関わる専門分野の学校であることは分かりますし、間違いではありません。
いえ、でも学ぶ内容をよく見ていくと、実はそうではない部分が見えてきます。
それはひとつに、もともと存在していた美容学校の生い立ち、いわばスタートが化粧品を学ぶ目的で作られた学校制度ではなかったからです。
ヘアサロンでお勤めの方はよくご存じですが、もともとの美容学校は以下の技術を学び、資格化することを目的に設置された学校制度なのです。
・髪を切ったり、剃ったりする手技教育
・パーマネント薬剤を適切に扱う技術の教育
・ヘアカラー剤を適切に扱う技術の教育
・薬剤の原理原則の教育
つまり言及すれば、ヘアの薬剤や器具を適切に扱う技術を学び、資格制度を設けるために設立された学校だったというわけですね。 これらは人体(髪)を傷つけたり損傷を与えてしまう恐れがある薬剤・器具を扱いますので、こういった法制化の必要性がその起源です。
もちろん、最近ではメイクやネイル、そして新しいところではまつげエクステなども学べる学科も開かれて、こういった技術を学べるように進化してきています。
しかしながらこれでなんとなくお分かり頂けたかと思いますが、この美容学校ではスキンケアコスメやメイクコスメの中身のことや成分のこと、さらには研究開発をする上での化学などはほとんど盛り込まれていません。 いわば美容師・理容師、はたまたネイリストになるための学校と言っても過言ではないからです。
もちろん、時代とともにこういった学問に少し時間を割いているプログラムを組み込んでいる美容学校もないわけではありませんが、それに何年もの時間をアテて専門的に学ぶわけではありません。
例えば、私のような化粧品の中身の研究開発職の場合。
主には薬科系や理工系の大学卒の専門の方がよく採用されますが、大手ブランドさんのような基礎研究開発の部門では実践的な人材となり得る反面、中堅クラス以下のOEM工場さんでは即戦力にはなりません。 意外かもしれませんが、特に薬科系は資格を取得して入社してもほとんど実践には役立ちません。
化粧水やファンデーションを開発するのに、薬剤師の知識は不要ですから。
というわけで、ではなぜそこまで専門的に学べる学校体制にはなっていなかったのでしょうか?
それは、実は簡単な理由なんですね。
ひと言で言えば、必要とされる学問の分野が多岐にわたり過ぎているからです。
ざっとあげてみましょう。
・化学
・物理科学
・分析化学
・界面化学(コロイド科学)
・生物学(微生物学)
・皮膚科学
・薬学
・機械工学
そして学問としては薬学の中に入りますが、薬機法という法律も必ず学ばないとお話にもなりませんね。
各専門分野の必要性
こうして多岐にわたる専門分野の学問の知識を必要とするため、学校の先生もそれぞれの分野に知識のある講師が必要になり、そうなると収集がつかなくなってしまうことから実現せずにきていました。
また、すべてを網羅した学ぶためのツール、教科書も存在していません。
しかも実はこれだけでなく、実際に企業に従事するとなると香りに関する芳香科学、市場リサーチや品質検査のための統計学、他にも品質管理(TQC)の知識も必要になりますが、さすがにここまで網羅するのは困難ですし企業に入ってから学んでいくことも可能でしょうから、業界に入ってからも身に付けなければならない知識はたくさんありますね。
とにかく、他の業界の専門と異なって学校法人として設立するにはカリキュラムが幅広く、かなり困難であったことが分かると思います。
では、なぜこのような学問が必要なのか、ピンとこない方も多いかと思いますので、もう少し分かりやすくその必要性について解説しておきましょう。
化学
これはいまさら説明の必要もありませんね。
化粧品の中身について知るには、化学の知識が必要となるのは当然です。
また、石けんなど化学反応を必要とする製剤もありますので、全く理解できずに研究には携われません。
物理化学
化粧品は使用感が重要な要素です。 この使用感は物理特性から来る現象ですので、何を解決する必要があるかは物理を理解していなければテストもできません。
また、化粧品の品質を試験するには様々な性質を測定して数値化しなければなりませんので、それには物理特定を測定するのが原則になり、ここを理解しておく必要性が出てきます。
例えば、テクスチュアを評価する時の皮膚の上での滑り性などは、物理特性を機器で測定して物理係数で評価することができるんですね。
他にも化粧品のトロミやジェル・クリームの硬さなども、きちんと物理特性を測定して評価基準にするのが通例です。
分析化学
化学と繋がりがありますが、成分を分析する作業は機器を使って行いますので、化学的に成分を解析する分析化学の学問があります。 これをしなければ化粧品の製造はできませんので、これも絶対原則として必要になります。
界面化学
界面化学の「界面」とは物質同士の境界のことを指し、例えば油と水を混ぜると2層に分離しますが、その分離している境界面を界面と言います。 他にも、皮膚に化粧水を塗布した時の皮膚と化粧水の接触面は、固体の皮膚と液体の化粧水の接触面で起きている「固体-液体の界面(固液界面)」と言い、化粧品のなじみ性や浸透性などと関係して評価基準となります。 これらは成分の化学反応ではなく物理的に解釈される現象の専門分野ですので、正確には“界面科学”と言えるのですが、成分の分子構造も関わっていることから“化学”を用いることが多いようです。
また化粧品アイテムは、洗浄成分や乳化するための成分として、界面化学を応用した製品がたくさんあります。 洗浄は油を水性の成分で落とす行為ですので、これは界面化学と密接な関係があり、これが性能の大切なポイントとなります。 そして油と水を混ぜて均一化する“乳化”もこの分野の専門になりますので、必ず必要なことは分かるかと思います。
生物学(皮膚生理学・微生物学)
皮膚の生体を知らねば化粧品の機能を理解できませんので、これも生物の学問と繋がりがあります。 なにより必ず必要になるのは腐らせない(菌を殺す)ための防腐の知識です。 また、工場に菌が繁殖しない対策も必要で、それには微生物と戦うための知識が必要になり、絶対に避けられない学問です。
化粧品にはニキビ対策やデオドラントといった殺菌を機能とする製品もありますので、微生物の知識なくして化粧品技術者に携われません。
皮膚科学、薬学
ふたつにまとめましたが、これはもう説明の必要もありませんね。 医師や薬剤師になるわけではありませんので深い学問まで学ぶ必要はありませんが、基礎的な知識は学んでおかないと皮膚に使用される化粧品を設計することはできません。
もちろん、市場でアレルギーや皮膚トラブルが起きた時に知りませんでした・・・では済まされませんね。
機械工学
これはえ?と思う方もおられるかもしれませんが、化粧品の中身は特殊な機械を使って作られていることはご存じかと思います。 お鍋に入れて手やミキサーで混ぜるだけで作れるわけではないですね。
つまりこの特殊性は機械の仕組み(メカニズム)にありますので、この機械の原理原則を知るには機械工学の基礎程度は知っておかないと製造ができません。
さらに機械は日々進化していて高度な機械が開発されていますので、これを知らずして化粧品の開発もままなりません。
以上、ざっと説明してきましたが、化粧品の業界に夢を持っておられた方は、ここまで読んでこられるとげんなりされたかもしれませんね。
いえいえ、それぞれの分野の学問は奥深い専門的なところにまで踏み込んで学ぶ必要はなく、原理原則的なことだけ知識を持っておけば済むことですので、つまりは「浅く、広く」という感覚と考えれば良いレベルなのです。
逆にいえば、それだけにことさら専門の学問として確立もされず専門書もなく、そして学校法人として運用する上でもなかなか困難であったというわけです。
そして実習
さて、ここまではデスクで学ぶ論理的な知識のお話をしてきました。
しかしながら化粧品を含む美容製品というのは、実際に混ぜて作ってみて、そしてそれを皮膚に使ってみて評価するという、いわゆる実践的な作業が非常に重要な要素だとお分かり頂けると思います。
以前にも保湿のことでお話したように、化粧品は3つの成分を混ぜて1+1+1の答えが3になるわけではありません。 それが使ってみると5になったり、逆に相殺されて2になってしまうこともフツーに起きます。
これは化学反応ではなく、もちろん数学でもなく、いわば人の感覚が感じる相乗効果と言えるでしょうか。
つまりこれが化粧品の評価として大きなポイントとなるところが、化粧品業界独特の面白さ・ユニークさであり、難しさと繋がっています。
結局これは実践でしか得られない情報であり、体験しなければ得られない知識です。 それは界面化学の乳化理論ひとつとっても同じで、数値で指標はあってもやってみなけりゃ分からない
つまりは、実習も重要な学ぶべき要素だということになりますね。 乳化の実習にマヨネーズを作らせる学校もあるそうですよ。
そんな観点から、すでに化粧品工場なみの実験器具や施設を整備している大学も、増えています。
おっと、一気に楽しさが増してきたかもしれませんね(笑)
必要性と現状
というわけで、ここまで香粧品学の独立した学問としての必要性をお話をしてきました。
業界でもこういった課題について社会に提言してきたこと、そしてなにより皮膚被害トラブルが多いことや、企業としての利益構造の異常性が取りざたされることから、少しずつ学校法人の必要性が認められてきています。
大手ブランドさんでは、こういった知識を学べる場を設ける啓もう活動をされている企業さんもあります。
実際の大学の一例です。
■城西大学 薬学部薬科学科
https://www.josai.ac.jp/education/pharmacy/pharm4_dep/index.html
■東京農業大学 食香粧化学科
https://www.nodai.ac.jp/academics/bio/o_food/
■帝京科学大学 生命科学科
https://www.ntu.ac.jp/gakubu/seimei/seimei/cource/seimei_kousyou.html
そんなわけで私も協力させて頂くケースもあり、某大学さんからこちらの教科書の執筆をご依頼頂いた次第ですが。
■化粧品の基礎知識
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784874923603
そして最後に現状ですが、実際に専攻学科としてどんどん取り入れてきている大学といった学校法人の間では、利益先行の民間の資格ビジネスが横行している現状が問題として露呈してきています。 これは皆さんもよくご存じの現状です。
当然、こういった資格ビジネスの学びのカリキュラムには、上であげたような学問は欠片ほども取り入れられていません。
華やかさが先行し、面白楽しくとっつきやすそうですが、化粧品工場の現場の職務には全く役立たないことが問題視されています。
大学は大人になってからでも入学できますし、最近では学校法人が運用する専門学校の設立も増えてきています。
一度HPやパンフレットや覗いてみられると、業界の何が真実なのかも見えてくるかもしれません。
あ、これは皆さんが化粧品の中身を見極めるスキルとも、繋がりがあるかもしれませんね。
調べる上でのキーワードは「学校法人」ですので、くれぐれもお忘れなく。
ちなみに「学校法人」の定義はコチラ
■Wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%B3%95%E4%BA%BA
ではまた次週。
by.美里 康人