美里康人
今週は前回の続きで、化粧品開発の現場ではクレンジングをどういったテストで評価しているのか、そんなお話をしていきます。
もちろん、こういったテストは何かの基準が決められているわけでもなく、テストの方法も市販の機械も存在していませんので、それぞれの研究室で開発するしかないわけです。
そんな背景も含め、解説していきましょう。
この記事の目次
試験方法の課題
前回の序盤でお伝えした通り、クレンジング力のテストはきちんと一定したものさしや、さらに言えば記録に残して並べて比較して規格を作っていくとなると、大変悩ましいテストなんですね。
それはつまり、様々な要素の課題があるということになります。
例えば、ユーザーの皆さんも目にすることが可能な、こんな簡易的なテストが公開されています。
■実験VOCE(クレンジング編)
https://i-voce.jp/feed/14637/
ユーザーさんにも分かりやすく、非常にユニークですね。
身近な素材を用い、できるだけ実際に則した創意工夫がなされています。
とはいえ、このような試験で私達研究者がサンプルの評価にするわけにはいかず、まだまだ一定した情報が得られるテストには及びません。
では実際に実施するとなると、前回列記したメイクの種類だけでなくどんな課題があるのかザっとあげてみましょう。
1.お肌の再現性
皮膚は皆さんも見てお分かりの通り、皮膚のキメ(いわゆる皮溝と皮丘)が存在していますし、さらにシワも必ずあります。
ということは、平らな素材に塗布してテストをすると実際の使用法に則していないことになります。
2.力の入れ具合
実際にクレンジングによってメイクを落とす際には、必ず手でお顔を撫でるようにこすってメイクとなじませることでしょう。
ということは、一定したチカラやスピードでこすらないと、差が生じてくることになります。
3.摩擦回数
2.の力とともに、当然ですがこする回数によっても結果に違いが出てきます。
4.時間
これはメイクとクレンジングをなじませる時間で、時間が長くなればメイクはクレンジングによって溶けやすくなります。
5.使用量
当然ですが、使用量によって落ちやすさにも影響してきます。
また、使用量によっては乾燥したり皮膚に浸透していくことで摩擦力が変わってしまい、メイク落ち性能に影響を及ぼすケースもあります。
以上、ザっととりあげてみましたが、他にも温度・湿度や摩擦を与える側の材料などなど、色んな要素が一定したテスト結果を得る障害となり得てしまうというわけです。
テスト例
では、実際にはどんなテスト方法が行われているか、具体的なお話に進みます。
・実際の人肌を用いてのテスト
これはユーザーの皆さんでも簡易的に試してみることができるテスト方法ですが、私達のような研究者が実施する現場では、もっと綿密に条件を一定にして実施しています。
皮膚の状態を一定にしなければなりませんので、比較対象とする製品は同じ部位を用いて同時に行うなど、できる限り不確定な要素が介在しないようにそれぞれの研究者さんの間で創意工夫をされていることと思います。
また、個体差が出ないように、こする方の素材を手などで行わず何かの材料(例えば綿布など)を用いて、摩擦力を一定にする方法も用いられます。
・人工皮膚を用いるテスト
人肌を用いてのテストでは皮溝やシワの状態が変わってしまいますし、お顔の皮膚と近しい前腕部内側を用いたとしても、左右では条件が異なることもあります。
そこで、ヒトの皮膚を再現した人工皮膚を用い、塗布条件を一定にする方法が用いられます。
人工皮膚といっても、TATOO練習用のものなどは普通に格安で通販販売されていますので、そのレベルの素材を用いることで条件を揃えることが可能になります。
とはいえ、TATOO練習用などは厚みがあまりないため、実際の皮膚の弾力が再現されず実際に則さない一面も持っていますが、データを採取するためのサンプル同士の差をみる方法としては、よく用いられています。
実際にはこのような感じです。
・機械を用いるテスト
上の人工皮膚のように、ヒトが介在しないようにすることで正確なテスト結果を得ようとする試みをあげてきましたが、さらにメイクを落とす作業を人為的にやるのではなく、機械を用いることで一定したチカラを加えようとする工夫です。
先に書いたようにそんな機械が市販であるわけではありませんので、大手ブランドさんでは自社で開発しています。
また、できるだけ費用を掛けない工夫として、市販にある物理試験機器を応用してできる限り安定したデータを採取する試みも各社で行われています。
例えばこういった摩擦係数を測定する摩擦試験機などを用いると、人為的な摩擦を一定にすることが可能になりますね。
出典:HEIDON摩擦試験機(新東科学株式会社)
https://www.heidon.co.jp/archives/tribogear/642
平坦な金属プレートの上を、一定の重力を与えて一定の速度・距離をこすって摩擦力を測定する試験機器です。
プレートの上にメイクを塗布し、クレンジング剤を乗せて一定条件で稼働させれば、安定した摩擦を与えてくれるというメカニズム。
ただなかなか難しいのは、機械で表面をこすると塗布したクレンジング剤は押しやられてしまい、連続して摩擦を与えることが難しいといった課題があり、こうした機械をそのまま活用するのはなかなか難しく、創意工夫で手を加えて応用するしかないのが現状です。
・数値化
ここまでの機械化では、残念ながら最終的に得られた結果は目視でその差をみるしかなく、データ数値であらわすことが達成できていません。
ここを数値で示せればデータに普遍性も出てきますし、互換性も持たせられます。
ここまで正確なテストはなかなか困難と思いますが、大手ブランドさんではなんらかの手法を用いて数値化されていることと思います。
現在お手伝いさせて頂いている研究室さんも、ノウハウはお話できませんが現在この課題に取り組まれています。
実情はどうなのか
ここまでクレンジングの機能をテストする難易性についてお話してきましたが、では実際にはどのようにテストされているのでしょうか。
これはある意味業界の裏側ということになりますが、実際には一番最初に記述した人為的な方法でテイスティングしている研究室が多いですね。
せいぜい人工皮膚を用い、写真に撮って保存することで少しでもテストに均一性も持たせる程度のレベルが、精一杯というところでしょうか。
テスト回数を増やすことで誤差も減らすことができますし、テストを実施する人の能力も高まって安定してきますので、まだまだ人為的な方法に頼っているのが現実と言えそうです。
実際上、ヒトの皮膚には毛穴もありますし、オイル成分などは角質層の隙間にも入る可能性がありますので、実際にユーザーさんが使用する条件に近づけるというのは、困難なのかもしれませんね。
なんだか結局はつまらない結論のお話になってしまい、申し訳ありませんでした。
最後に、アイメイクといえば、昨今はまつげエクステを施されている方も多くなりました。
となると、今度はこれを落としてしまうクレンジングはNGということも考えなくてはなりません。
結構な費用を掛けてほどこされていますので、クレンジングでスルリと落ちてしまうと目もあてられないですよね。
実は落としてはならない(溶けてはならない)メイクもあるという、なかなか時代は難しいことになってきているそんなお盆休みの顛末でした。
ではまた次週。
by.美里 康人