グリセリンは皮膚が自分で作っている。
今回はそのメカニズムを解説。
ニキビとグリセリン
まず最初に、前回はグリセリンがお肌にとって良くないのか?といったアプローチのお話をしましたが、また異なった側面からニキビの元になりやすいといった意見も見受けます。
これ、元をたぐればソースは、某化粧品OEM会社さんが試験を行ったデータを公表したことに端を発しているようです。
確かに、ユーザーさんがあのデータをみれば思い込んでしまうのもムリはありません。
しかしながら、私達技術屋が見るなら、あれはひとつの断片的な傾向を示す試験のデータでしかなく、あれによって「グリセリンはアクネ菌のエサとなる」という結論に繋げるわけにはいきません。
いわば、まだ「絵に書いた餅的な試験」と言えます。
その理由は、検査方法を熟考すれば問題点が見えてきます。
つまり微生物の培養試験は、必ず水溶液中に溶かされた培地で培養された増殖率の測定になっているためです。
本質的に皮膚状でのグリセリンの影響を知るのならば、皮膚上の成分構成比を再現した中でアクネ菌を培養しなくてはならないからです。
あらためて皮膚状にある成分の構成比を想定してみれば気付く事があるはずです。
グリセリンや尿酸などの水溶性保湿成分・脂肪酸といった皮脂、そして水分ということになります。
こうして考えると、菌が存在している部分には培養の培地のように水分がふんだんにあるわけではなく、生育環境として全く比較にならない水分量の中でアクネ菌を培養しているわけです。
ということで、もしもリアルな再現性を求めてこのアクネ菌の培養試験を行うのであれば、培養する環境は皮膚表面の構成成分を再現した環境下で、試験を行わないといけません。
これは、私だけでなく実務レベルで処方設計を長年取り組んでいる人間ならすぐに判断がつくことなのですが、グリセリンはBGほど抗菌力はないにせよ、水溶液でおよそ30%以上ならば一般的な菌は死滅してしまうんです。
これはきちんと実務レベルの抗菌力試験で実証されており、化粧品処方設計技術者なら誰しもが知る事実です。
と、根拠もないことを書いていると思われるのもイヤですし、オープンソースですからもめごとにならないよう、誰でもが見れるニュースリリースから一例データがこちら。
※2005年9月14日 マンダム社 ニュースリリースより抜粋
これは大腸菌だけのデータですが、実試験での他の法定微生物(5菌種)もほとんどがこの程度の死滅力ですので、おおげさな事を書いているのではないですよ。
とはいえ、だからといって結論として皮膚上ではグリセリンの濃度が濃いために菌を殺してくれるというのもあまりに打算的で、濃度を厳密にして試験してみなければなんとも言えないというのが正確な見解です。
結論的にどう逆立ちして考えたところで、皮膚上の成分構成を考えればグリセリン・酸・脂肪酸などが多過ぎて水分量が少なく、菌の培養液とは全く環境が異なると考えるのが技術屋です。
少なくても、皮膚って常に水でべちゃべちゃに濡れている状態ではないことを考えても、あの試験のグリセリン濃度は大きく間違っていると考えざるを得ません。
ユーザーさんがみればまるで権威ある論文であるかのように書かれているソースが出ていますが、にわかに鵜呑みにされないことをおすすめします。
それにしても、アクネ菌の栄養分になる成分という話題ならば、はるかに石けんカスの方が大きな問題なんですけどね(苦笑)
だって、石けんを洗濯洗剤に使った衣服の、菌繁殖による臭いや黄ばみの問題は、すでに誰しもが知る事実。
理論の深堀りの必要もなく、皮膚の上でも同じことが起きていると考えるのが普通ですしね。
しかも石けんカス(金属石けん)って、グリセリンのように水性成分ではありませんので、そう簡単に汗や皮脂で溶けて落ちないのがやっかいなところ。
美容業界ではなぜ誰も口にしようとしないのか、私の積年の謎でもあります。。。;
まぁ、石けんが世の中から消え失せたらお困りになる方が業界に凄く大勢いらっしゃるので、私みたく怖いもの知らずな技術屋以外は口にしないのでしょうけれど。
グリセリンの原料
なんだか前置きが長くなってしまいました。
本来の話題に戻りますが、最初にお伝えしておきますと、お題の「ヒト型グリセリン」は比喩で、そんな素材があるわけではありません。
誤解を招いてしまったとしたら、申し訳ありません。
どういう意味かは、この後解明されていきます。
まず現在ユーザーの皆さんが手にしている化粧品に配合されているグリセリンは、どうやって作られているかを簡単に説明しておきましょう。
ご存じの方もおられるかと思いますが、グリセリンの原料は油脂から作られています。
昔は豚や牛といった動物の脂から作られていましたが、今は植物から採取された脂から作られています。
では、油脂からどうやってグリセリンを作るのでしょうか?
化学の難しい解説は必要としませんので、気楽に読み続けて下さいね。
グリセリンの製法
ヒトも含め多くの動植物に含まれている油脂分は、「トリグリセライド」という化学構造で構成されていて、「脂肪酸」と「グリセリン」がくっついたモノです。
で、「トリ」(3個)という言葉がついている通り、グリセリン1つに対して3つの脂肪酸がくっついたカタチをしています。
なので、これをなんらかの方法で分解してあげれば、脂肪酸とグリセリンに分けられるというわけですね。
なので、大手ブランドさんをはじめ洗顔クリームなんかで、石鹸を生成する時に使われる原料の脂肪酸(ミリスチン酸やステアリン酸)を作る時に副産物として出てくるのが、グリセリンということになります。
ここまで、大丈夫でしょうか?
ヒトの中でも作られている
ここまでくればもう簡単!
皆さん、ダイエットを試みた時に「脂肪燃焼」だとか「脂肪分解」といった言葉を、見たり聞いたりしたことはないですか?
例えばサントリーのトクホの黒烏龍茶も、テレビのCMで盛んに言われてますよね。
そう、つまり人間の体内や皮膚内でも、体内にある脂肪組織を分解する機能が備わっているんです。
運動をあまりしないなど、この機能が不足していると、脂肪細胞が増えて「太る」ということに繋がっています。
ということで、当然のことながら体内や皮膚内で分解された脂肪からは、脂肪酸とグリセリンが排出されて拡散していっているわけです。
ちなみにこうして皮膚の代謝機能の中で脂肪分解の役目を担っているのは、酵素です。
こうして脂肪酸の方は、皮膚でいえばセラミドが存在している細胞間脂質のところに油分として存在し、同時にグリセリンも保湿成分として表皮に拡散されて皮膚の生理を担っています。
つまり皆さんもよくご存じ、ピロリドンカルボン酸・アミノ酸などと同じく、「NMF(天然保湿因子)」の中のひとつですね。
なので、決してお肌に悪さをしでかす成分ではないはずなんですよね。
では、どれくらいの量のグリセリンがお肌の表面には存在しているのでしょう?
これは研究されていて、1cm2あたりおよそ0.7μgとの事です。
0.7マイクログラムというと、1gの100万分の1よりさらに少ないということになります。
なんとまぁ、ほんの微量ということですね。
そういう意味で言うと、化粧水なんかを塗布すると結構な%濃度でグリセリンが入っていますので、実際はかなり過剰な量のグリセリンを化粧品で供給していることになります。
まぁ、こうして解明していくと、やはり化粧品を使ったときの皮膚上のグリセリン濃度はかなり濃いことになりますので、やはり「アクネ菌のエサになる」という理屈はデータの遊びでしかなく、かなりの確率で机上の空論と言えそうです。
しかも厳密には化粧品を使った後は水分が蒸発してしまいますので、グリセリンの皮膚上濃度はかなりなものであることは、皆さんでも想像できますね。
例のOEM会社さんに反論して、私はむしろ逆説的に「グリセリンはアクネ菌の敵になって戦ってくれる理論」を提唱することにして、今回の話題の締めくくりとしましょう。
では、また。
by.美里 康人