週3で異なる目線の美容記事をお届け
美里康人
信じられないでしょうが、あるんですこの程度は。
今週は前回案内をアップしたように、業界技術者の方を対象としたセミナーですが、まだコロナウィルス感染が完全に収まったわけではなく、今回もウェブによる講義ということで少し緊張気味・・・。
というのも、私の講義はどちらかというと現場実戦的な内容にしていますので、お顔ぶれを見て内容もフレキシブルにお話することが多いからです。
例えば大手ブランドさんの技術者の方がおられれば、できるだけ先進的な内容を盛り込まないといけないと感じますし、逆に新進気鋭の技術者さんがおられるようなら基本的なことをきちんとフォローしないといけない、といった感じですね。
特に昨今は、製品の生産はOEM工場にお任せしておられるメーカーさんが、市場トラブルを防ぐために自分達もある程度専門的な知識を持ちたいと聴講頂くことも多いですので、そんな時は実際に市場に起きている事故例や、製品になってから市場で起きやすい品質トラブルといった内容を盛り込んだりしていきます。
ユーザーさんを対象としたセミナーなんかになると、テキストの内容よりも業界の裏話の方が聞きたくなるわけで、場合によってはそれが大半を占めてしまうこともあるくらいですし。
ですので、ウェブでの講義では聴講者の皆さんの映像はオフ状態で進行するため、お顔や表情が見えないので臨機応変な講義がやりにくくなってしまいます。
だいたい、もともとが聴講者の皆さんはそんな現場に則した話題をお聞きになりたいわけですから、気軽にお聞き頂ける反面、内容的にはもったいないところではあります。
余談が長くなりましたが、そんなわけで今回はそんな講義テキストには載せていない内容の中で、近年に起こりやすくなっている問題について書いていこうと思います。
ここ数年の時流でユーザーの皆さんも経験されることがある課題ですので、読み進めて頂ければと思います。
この記事の目次
品質維持って実は難しい
皆さんも、以下のような経験はおありではないでしょうか?
--クリームファンデを容器から出そうとしたら、無色透明な液がチュっと出てきた
--ディスペンサー容器の美容液を使おうとポンピングしたら、勢いよく横に液が飛び出してきた
--スポイド容器に入った効果の高そうな美容オイルを吸い上げようとゴム球を押したら、ゴムが凹んだままくっついてしまった
--クレンジングバームのフタを開けたら、中身がトロトロになっていた
さすがに、クリームなんかがフタを開けたらカビが生えていた・・・なんていうトラブルはなかなか経験できないと思いますが、こんなトラブルなら一度くらいは経験済みかもしれませんね。
こんなトラブル、まさか大手ブランドのS堂さんやK王さんの商品ではあり得ないだろうと思われるかもしれませんが、いえいえ実際にはあるものなのです。
私自身も、つい先日みつけてしまったところですから(苦笑)
某大手の有名ブランドのクリームファンデですが、クレンジングテストに利用しようとサンプルを開封したところ、透明なシリコンがチュルリと出てきました。
どこのなんていう製品かは、ここでは伏せておきますが・・・。
メーカーさんも手を抜いていたわけではなく、そりゃもう何年も掛けて品質安定性試験とともに製剤開発にいそしみ、満を持して発売にこぎつけているはずですから、普通には起きるはずもないのですが、なかなかそうはいかないのが品質トラブルに潜む悩ましい問題。
結局、今回のこの事例も、おそらく本製品では起きないのだと思います。
ではなぜこんなことが起きたのでしょうか?
それは、パウチの試供品だったから、ですね。
いえ、あくまで私の推測ですから間違っているかもしれません。(実は本製品も同様に分離していたとか・・・)
まぁ、それはないと思いますのでおそらく間違いはないと思いますが。
かといって、試供品だからと手を抜いていたわけでもありません。
これはイメージして頂ければお分かり頂けるのですが、つまりパウチに入ったサンプルの中身は、人の手によって外から何度も何度も”プニプニ“と押さえられ続けるからなのですね。
しかももともとが少量しか入っていませんから、この”プニプニ“の物理的なストレスは中身全体に及んでしまうことから、普通には起き得ないことが起きてしまうというわけです。
そう、ファンデーションって、シリコンとオイルと界面活性剤に加えて、パウダー成分の色粉(つまり固形物)が専用の機械を使って強引に分散されていますので、それが分離して透明な液が出てきてしまうトラブルに繋がりやすいということです。
まさか売り物でもないパウチに入ったサンプルを、こうした現実を再現してテストするわけにもいかず、想定外のことが起きてしまったと想定されます。
もちろん、本製品は硬い容器に入っていますのでこのような物理的ストレスを与え続けられることはなく、いわば普通には起きないトラブルということになります。
あらゆる使用の想定をしたテスト
まさについ最近起きたトラブルを例に出しましたが、こうして最初にあげたようなトラブルは結構身の周りで起きやすい事故なのですね。
最近ならば、お題であげたクレンジングバームの”ユルユル事故“はご経験されてないでしょうか。
クレンジングバームの中身はほとんどがプラスチックのジャー容器に入っていますので、中にはフタは締まっているのにオイルが漏れていた・・・なんてのはご経験ないですか?
中国では頻発していると、耳にしています。
これも、お作りになっていた工場さんは、あのバーム製剤に潜んでいる特有の現象に気付かれていなかったのですね。
もしも、なぜそうなったのかの要因にいまだお悩みの技術者さんがおられましたら、お問い合わせ下さい。
本来はセミナーを受講頂きたいところですが、業界の方でしたら企業名とともにメールを頂ければと思います。
あ、ユーザーの皆さんも知りたーい!と思われたかもしれませんが、そこはご安心を。
このトラブルはユーザーの皆さんに一切の責任はありませんので。
今まさにお手元の商品でこのような現象が起きている製品をお持ちの方は、メーカーさんに返品されればよいです。
“バーム“なのですから、ユルユルになっていてはお話になりませんよね。
スパチュラで取っても垂れてしまいます。
話は逸れましたが、このように市場で起きうるあらゆることを推定してテストを繰り返さなければなりませんので、薬機法といった法で定められたような一般的な試験や、書籍や雑誌に書かれてある当たり前の試験を実施しているだけでは、市場トラブルを未然には防げないということなんですね。
実はこの2・3年も、時代背景特有のトラブルが頻発していましたよ。
2・3年といえばもうお分かり、除菌アルコールジェル系アイテムです。
全く化粧品設計の知識もない工場さんまでこぞって生産を始めましたから、ポンプの頭を押すと変な方向に液が飛び出すというトラブル。
ご覧の方も一度は経験したことがあるかもしれませんね。
これは、ノズルの口のところでジェルが乾いて固まってしまい、ノズルの穴を塞いで変な方向に吐出してしまうという事故に発展しています。
エタノールは合成ポリマーが溶けませんので、ノズルに付着しているジェルはどんどん蓄積していくという現象です。
きちんと化粧品技術者の方がおられる工場さんであれば、容易に想定できた事象なのです。
これ、あらぬところに液が出るだけなら良いですが、エタノールが目に入ってしまってとんでもないことになったという事例が起きています。
また、靴や大切なカバンにエタノールが掛かり、変色したりシミが出来てしまったというトラブルも起きたそうです。
エタノールは溶剤ですから、皮製品に掛かると脱色や変色をするのは当然なんです。
ジェルタイプのエタノール除菌剤は、ご注意下さい。
最近の、無添加ならではトラブル
さて、以前にもここ10年ほどの傾向として市場でよくみられるフリーコンセプト、つまり無添加コスメによく起きるトラブルとして、「腐敗問題」をとりあげたことがあります。
小さなブランドさんならば、自分達が設計した化粧水や美容液が菌に対してしっかり対抗できるチカラがあるかどうか、いちいちテストをしてはいなかったりしますので、早い話が”腐ってしまう“ということですね。
ファンケルさんのように、使用時に一切の空気が入らないような容器設計まで取り組んでおられるならばまだしも、普通の容器ならば使用時に菌が入るのは当たり前のこと。(エアレス容器は例外)
防腐剤を抜いてしまえば、よほど他の防腐力のある成分で設計を工夫しなければ、菌に対する抵抗力はありません。
特にカビは非常に強い真菌ですので、一般的な防腐剤でないとなかなか防腐力は得られません。
だって、ユーザーの皆さんもご体験済み。 冷蔵庫の中でもお餅にカビが生えたのをご覧になっていますよね?
それ位、カビって強力な生命力なんです。
ということで、ここ数年でも市場ではこういった腐敗トラブルはよく起きているのですが、今回はこのお話ではありません。
さらに最新の話題。
実はここ数年で市場にまれに起きている事故で、以下のようなケースがみられています。
-化粧水を冷蔵庫に入れていたら、中身が凍って容器がパンクしていた
さすがに冷凍庫に入れてしまうとこういうことは起きうるのですが、長年の業界経験でも冷蔵庫でこんな事故が起きるなんて初耳でした。
*くれぐれも、化粧品を冷凍庫に入れてはいけません
では、なぜこのような事故が起きたのでしょうか。
それには、重要な要因が隠されていました。
グリセリンフリーは、暴挙なのです
この事故は、実は起きて当たり前のことだったのですね。
その製品名は伏せておきますが、その事故の製品はつまり「ローズ水」でした。
このアイテムは、早い話が「ローズウォーターの生詰め製品」だったのです。
ローズウォーターは私達が製造で使用する原料名でもそのままで、この原料をそのまま容器に詰めて、化粧水やミストとして製品化されているメーカーさんが存在しています。 これは当然、他の成分は何も入っていませんので、普通に水が氷る温度になると凍ってしまいます。
防腐剤がどうだとか、そんなことはどうだってよいのです。 防腐剤無添加なので、ことさら”開封後は冷蔵庫に保管を推奨“なんてことまで書かれていたりしますよね。
本末転倒・・・。
このユーザーさんは、まだ開けたばかりのたくさん入った状態で冷蔵庫に入れ、なおかつ冬場になって冷蔵庫の庫内の温度がさらに下がったため、中身が凍ってしまって膨張し、容器が膨らんで破裂してしまったというわけですね。
ここまでいかなくても、容器の底が膨らんでしまって立たなくなったという事故も耳にしています。
実にとんでもない事故です。
つまりグリセリンといった成分は、ユーザーの皆さんは保湿成分と覚えておいておられると思いますが、実は私達技術者にとってはそれだけでなく、製品の品質を維持するための重要な意味を持って配合されているんですね。
ここまで書いてくれば、ハっと思いつかれた方もおられることでしょう。
そう、昨今はなんのブームなのか差別化なのか、グリセリンフリーやBGフリーなんていう製品がちまたに出回っていますね。 こういった製品の設計は、同じ事故が起きることになるのです。
なにより情けないのが、こういったコンセプトを掲げているメーカーさんよりも、こういった製品を設計した技術者がおられることが情けないという次第。
もしもこんなことも分からずに化粧品研究者を名乗っている方がおられるのならば、即刻業界を去って頂きたいとすら感じます。
いくら温暖な気候の日本でも、関東地方より北では普通に冬場はマイナスの気温になります。 倉庫や輸送過程で凍ってしまい、破裂してしまったらどうするのか?という、なんとも笑うに笑えないギャグのような出来事。
化粧品の安定性は、最低でも-5℃でも凍らない設計にしなければならないのは、当たり前のこんこんちきの基本的なお話で、そんなこともテストされておられないならとっとと会社も畳んでしまえ!という、現実的なお話でした。
こうなります
というわけで、美里がまた吹聴していると思われるのもイヤなので、簡単な実験をしておきました。
-5℃の冷凍庫です。
それぞれグリセリン・BGを3%配合しただけの純水ですが、この配合量でもまだ凍ります。
例えばパラベンが配合されていても、この状態では析出してしまいます。
他の成分も入ってくるとまた変わってきますが、だいたい10%配合すれば凍らずに品質が維持できますね。
たったこれだけのことで、このようなトラブルは回避されるという、今回はそんな話題でした。
ではまた次週。
by.美里 康人